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将来予測
20年前に行った 中国の将来発展予測
Deng Xiao-ping(とうしょうへい)による中郷再建
 文化大革命は大衆がMao批判分子とされた人間を引きずり出し、つるし上げ、街中を引き回して暴力をふるい死にいたらしめた事件です。犠牲者の数は3千万人以上です。ここでMao批判分子とは、「大躍進」の惨状を見て知って、100%はMaoのやり方に追従しなかった人間のことで、自分で考える頭を持った人間のすべてです。当時言ったことが少しでも大衆の耳に残っていれば、批判分子として突き出されて殺されたのでした。
 あと2?3年続けば数億人の餓死者を出すはずだったこの狂乱、中国全体が死に到るこの病は、1976年、Maoの死でやっと進行が止まりました。しかし残されたのは惨たんたる中国でした。街から大学から「文化」らしいものが根こそぎ消えて10年経っていました。少しでも自分の頭で考える人達も、特別に巧妙な人を除き、抹殺されるか知的に無力化されていました。10年間、学校がなく、デモとつるし上げに明け暮れた世代は数億人の失われた世代でした。

(註)ただしこの狂乱の中でもMaoの指示で軍事技術だけは無傷で飛躍的発達をしました。1970年には中国最初の人工衛星、1972にはIBMと進みました。すべてロケット博士
Qian Xusen(せんかくしん)の成果ですが、MaoをQianが支持した成果かもしれません。

問題解決の方向、共産党幹部の認識
 1978年、講義の後は毎晩のように食事を共にし、懇談になりましたが、話題はつきませんでした。今後、中国はどうするかも話題になりました。こういう話題になると技術系の学者は一切口をつぐみ、例の共産党員の管理主任がもっぱら議論の相手をしてくれました。私が最初にぶつけたのは「中国は大き過ぎるから東西南北4つぐらいに分割したら」という提案です。これに対しては全員が「うまく行かない」という答でした。例の主任の説明は「中国人は同郷人しか信用しないから、中国を行政区に分割すると行政区が独立して分解してしまう」というのです。「例えば今は、Henan(湖南)でとれた綿はBeijing(北京)の工場に送って綿製品にしているが、地方に決定をまかせると, Henanは必ず自分の所に工場を作って, Beijingに綿を送らなくなり、Beijingの工場は外国からさらに安い綿を買うようになる」というのです。同郷結束の強い例として村長を先頭に村全体が集団強盗団になっていた例を教えてくれました。「だから国をまとめるには強い中央集権組織とそれを支える軍隊が必要だ」というのです。なるほどと思っているとさらに彼は続けました。「でも軍隊だってすぐ同郷強盗集団になる。それが軍閥だ。それを防ぐには軍を中から管理する組織が必要だ。それが共産党だ。それを考え出し、実際に作ったのがMao Zedongだ」というのが、学生時代から共産党員だったのに4年も下放されたという、例の管理主任の話でした。ほかの共産党員は、こうはっきりは言いませんでしたが、認識は同じ感じでした。同席した教授たちの反応を見て、これは中国知識人層の共通認識だとも感じました。

Deng Xiao-ping 改革とは
 文化大革命を、Maoをしのぐ巧妙さで生き残った最高の実力者Deng Xiao-pingが、中国再生のために打てる手は、管理主任の話を聞くまでもなく限られたものでした。つまり@地域機関の自治、独立は認めず中央集権は死守する。Aそのための実質的管理組織として共産党組織を残し活用する、です。ただこの共産党組織の幹部にどんな人物をすえるかで、Deng Xiao Pingは従来の考えを否定し自分流を実行しました。従来の考えでは共産党員の序列は、出身階層と政治性で決まっていました。革命前の階層が低いほど、Maoへの忠誠心が高いほど上でした。これに対しDengの原則は「白くても黒くても、ネズミを捕るネコは、良いネコ」で実力主義です。ただし、実力主義といっても、過去に仕事をした人はいないわけですから、実績評価ではなく可能性評価です。Dengの評価原則は単純で、「頭の良さ」です。Deng はそのために、出身大学と共産党内実務経験を重視しました。中国は、Franceに似ていて、出身大学ではっきり「頭の良さ」がわかる国だし、また共産党組織は、そのような人間を評価するのに有効な手段だからです。小さい時から見られているし、多くの人が見ているし、地位の高い人との直接の付き合いもあるからです。Dengが抜擢した幹部にQinhoa大学(精華大学)出身者が圧倒的に多いのはそのせいです。

旧型管理者のしたたかさ
 北京滞在中、石油化学工場に案内されたことがありました。石油化学工場は、日本では海岸地帯にあるのが常識ですが、これはトンネルをいくつか通った山中にありました。ソ連の核攻撃を恐れたMaoがここに作れと指示したそうです。案内された工場はソ連から技術供与でできた当時最先端の合成ゴム工場ですが、導入以来20年近くたっているので、改善すべき点をいくつも気付きました。案内してくれた人もそれを期待して連れて来たと思います。私も技術者として秘密保持契約にしばられていますが、自由な懇談中の中ならヒントぐらいは出すつもりで工場長に会いに行きました。ところが部屋に入った途端びっくりしました。早の真ん中に私が座るべき固い椅子が一脚置いてあり、工場長は自分の机にほほ杖をついたまま「座れ」という合図をするだけ。まるで取り調べ室の雰囲気です。
 そして私に向かって挨拶もせずに言ったのは、「システム工学について説明しなさい」という指示です。しかしこれは相手のLevelも関心も分からなくて出来ることではありませんから 「システム工学は、問題を解決する方法の学問ですから、システム工学は何かを知りたいなら、あなたが解決したい問題を一つ述べてください。そしたらお答えしましょう」と言いましたが、一切聞く耳を持たず「いいから説明しなさい」の一点張りでした。仕方がないのでシステムについて初歩的な説明をしましたが、つまらなさそうな顔をしているので、システムのモデルについて私の最近の成功例を話ましたが、相変わらず「当たり前な話だ」という顔です。これは相当わかっていると思って、その頃取り組んでいた最新の研究を、紹介しようとしました。「不確実な状況での最適設計」です。大変な計算量を必要とするこの仕事に、うまい近似解法を「見つけたい」と努力していた最中でしたが、話を少しごまかして「見つけた」と説明した時です。初めて彼の口が開きました。「そこをもう一度説明しなさい」です。「しまった。気付かれた」と思った途端、私は訳わからない「言いわけ」に転じました。すると「さっきの説明となぜ違うのか」と追求です。それからは「もう帰ってよろしい」と言われるまでの15分間、私の完全な負けでした。
 案内した人から聞いたところでは、この工場長は内戦時代、軍の政治指導をしていた古参共産党員で、技術のことは分かるはずはないそうです。でも政治指導力は高く、技術者からは恐れられているとのことでした。私が経験したのもその政治指導力だったのでしょう。その要点は「人の心を読む」能力にあると思います。私の話はまったく分からなくても、わたしが「見つけた」とごまかした時、声の調子が少し違っていたと思います。その僅かな違いから自信のなさを見抜き、ヒョウの様に襲いかかったのでした。これが政治指導力でした。この政治指導能力があれば、自分には戦闘や仕事の能力がなくても、有能な人間にすべてやらせ、成功した後で、ささいなことを手がかりにして、その人を追い落とし、成果を自分のものにすることが出来る筈です。これがMaoのやり方です。それをそっくり見習ったのが、旧型管理者のやり口でした。
 
新型管理者の頭のよさ
 Deng Xiao-PingはMao流の政治指導こそが、中国をダメにした原因と考えたようです。そこで共産党による中央集権機構はのこすが、その幹部は「頭のいい仕事の出来る人間」でなければならないと決めたようです。この入れ替えは一気には出来ませんから、国家機関などの最上層から始まりましたが、私が中国の経済発展を予測した1993年頃には、すでに小さな事業所Levelにも及んでいました。私が自信を持って予測できたのはこのことを知っていたからです。そのうち最も記憶に残っているEpisodeを一つ紹介します。
 私の友人の技術者が、電子機器メーカーの中国の総代理店へ、「現地組立て」のための指導に行った時の経験です。200-300点の部品を丁寧に配列して, まず自分が組み立てて見せ、次に作業員に二回組み立てさせ, 時間はかかりましたが成功しました。そばで作業を監督していた主任に「引渡し終了」の挨拶をすると、「自分も組み立ててみる」というのです。これには驚ろいたそうです。それまで中国の主任は、日本までも必ずついて来るが、自分では絶対に手を出さないことを経験していたからです。それならと、バラバラになって積み上げてある部品を、彼のために再配列しようとすると「そのままでよい」といって組み立てをはじめ、難なく成功したそうです。そのあと、性能検査のための専用電卓を取り出して、作動させようとしましたが、どうした訳か正常動作しません。すると主任が「ちょっと貸してみて」といってしばらくいじっていましたが「もう大丈夫」といって返して来たそうです。その電卓で完全に性能検査ができました。日本のメーカーで多くの技術者を知っている友人も、Levelの違う人間を見た感じだったそうです。
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