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将来予測
20年前に行った 中国の将来発展予測
予測の根拠 中国現代史の四段階の個人体験
予測の二つの根拠
 私がこの予測にたどりついたのには二つの根拠があります。第1は私が少年時代からその時まで50年間、かなり深く知っていた中国の大衆の気持と行動の確実な変化です。そして大衆のもつ巨大な力です。大衆は時代を動かすVisionもPassionも持ちませんが、何かにそそのかされて以後着だすと、すごい破壊力を持ちどんな政権でも倒すことが出来るという事実です。第2は他国の10倍以上の人口をかかえた中国の運営に絶対に必要な「支配者と支配構造」は何かという認識と、中国は過去の重大な失敗から学んで今は機能する支配構造を作り上げたという認識です。過去の誤りとはMao Zedong(毛沢東)の誤りでこれほどに邪悪な支配者が君臨しても生き残れた中国だから、それがなくなった今後は驚くほど発展の可能性があるというのが私の理屈です。

中国現代史の4つの段階
 この見方は、私が見出した中国現代史の4段階とそれにそっての個人体験が強い支えとなっています。4段階とは、@ 日本の植民地時代 A 抗日戦を利用して共産革命が成功する時代 B 新中国の開祖皇帝になった気のMao Zedong が、大衆を扇動利用して、革命を遂行成功させた仲間全員と気に入らない人間、合計7千万人を殺させた時代 C 大衆の神であるMao を神棚に上げたままの非毛沢東化の方法として「共産党支配による資本主義」を進めている現代です。

根拠に関連する個人的体験
 この4段階について、私は個人的にはつぎのような体験をしています。戦争中、私は子供として満州にいました。そのため、毎晩客間に集まる大人達から、満州人の「貧しさ」と「不潔さ」と「ごまかし」について、耳にたこができるほど聞いていました。でもそれを直接に体験したのは、敗戦後です。中国人の暴動によって日本人は乞食同然になり、中国人大衆の間で物売りをしながら、一年間生き抜いたからです。その生活の中で、Peng De-huai (ほうとくかい)の率いる共産軍に出会いました。それまでの中国人についての常識をまったく破る軍隊で、誰もが共産軍の最終的勝利を確信しました。でもその時、強調されていたのはMao Zedong (毛沢東) の名です。
 Mao の名に再び接したのは、1950年、日本でMarx、Lenin につづく革命思想家としてMao Zedongの著書が紹介され、Maoismとして圧倒的評価を得た時です。この時Maoは、日本の共産党に対し武装蜂起を指示し、それに従って、地下軍事活動にでる若者が多数出た時代です。これに対し私は、彼の著作を読んで、彼には知的探求に必要なち緻密な思考能力がまったく欠けていること、それなのにMarx, Lenin, 弁証法 などの言葉を振り回して、無知な人々を煙にまくペテン師であると感じ、強い批判派になりました。「大躍進」もインチキであることをすぐ見抜きました。ですから「大躍進」の結果、数百万人が餓死するのを見て、Maoを強く批判したPeng De-huai 将軍を、逆手にとって逮捕監禁し獄死させたMaoを強く憎みました。日本中の文化人がこぞって礼賛した「文化大革命」もNazi を超える蛮行と非難しつづけました。ですからMao が生きている間は中国に呼ばれませんでした。
 それでも死後はすぐ、Process Systemの講義のため、Beijing(北京)に呼ばれました。 私の作ったProcess System 理論が、Computer による化学工場設計のために必須であることを日本側関係者から聞き、すぐ利用できる結果だけを聞きだそうとしたのでしょう。私は黙って引き受けましたが、本心は、少しでもMao Zedong の間違いを気付かせる覚悟で出かけました。このままでは、能力ある中国人が気の毒と思ったからです。2週間の講義の間、Maoの間違いを気付かせるように話を進め、最後の日に「Mao Zedong は間違っていたと思う」といいきりました。中国国内で、公開の席で行われた最初の「毛沢東批判」です。そして多分最後のそれです。その後もこのようなstraightな批判は、絶対に許されてないからです。
 この滞在の途中、取り調べも経験しました。それによって、批判者を陥れるMao Zedong のやり口が少しわかった気がしました。知力、実力の高い者に仕事させ、成功の後、政治指導と称して自己批判させ、犯罪者に仕立て上げ、成果を横取りするMao のやり方です。中国では、工場から大学まですべての組織に共産党組織があり、これが政治指導という名目で支配権をもっていますが、それは、実際の功労者を消して、Mao Zedong が成果を独り占めするために考えた仕組みであるように思います。Maoの時代、この共産党組織内の序列の原則は単純で、革命前の出身階層の低いものほど上でした。化学工場の工場長も、工科大学の学長も、ゲリラ戦が専門の貧農出身者でした。能力は関係なしでした。その方がMao への忠誠度が高いという単純な理由からでしょう。
 Mao の死後、彼の死をまっていたDong Xiao-ping (とうしょうへい) がこの序列に手をつけました。「白いねこでも黒いねこでも ねずみを取るねこは良い猫だ」との理屈で、高い教育があり頭の良い人間だけをえらんで、組織の責任者にしていきました。以前、責任者は政治ばかりで、仕事は全然できなかったのですが、今度は責任者が、先頭で仕事を指導するようになりました。過去の失敗から本格的に学んだのでしょう。私が、「今度は中国は強くなる」と確信した最大の理由です。
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